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「 空蝉 」

人が蝉の抜け殻に気づくのは、意外に夏の盛りではなく、蝉の鳴き声も聞こえなくなった秋の日のことが多い。 庭の木にひっそりとつかまっている抜け殻は、夏の思い出よりも、秋のあわれを感じさせる。

 室町時代に京都の加茂に建てられたこの燈明寺本堂は、横浜の地に移築された今、もう祈りの場としては機能していない。しかし、太い木の柱で造られたこの空間には、数百年にわたる念仏の声が染み込んでいる。この場所に立った時、「うつせみ 空蝉」という言葉が思い浮かんだ。
破壊と再生が自然の姿だとすれば、人もまた同様。この本堂も人が建て、人が壊し、台風で破壊され、またここに人の手で再建されている。
 無色透明のガラスで「空蝉」を作り、この板張りの床に置く。そのガラスに映る光のなかに、時を超えた祈りの声を聞くことが出来るだろうか。人にとっては光も音も、その本質は時の流れ。移ろう光も流れる音も、現人(うつせみ)の世の、常なき様の象徴。
そこに美を見出だすとすれば、生きる糧のひとつになる。

                                            荒川尚也
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                                                  空蝉1
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                                                  空蝉2
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                                               外陣の様子
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                                               内陣の様子
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                                                  瓔珞
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                         永田砂知子氏による波紋音演奏会 「祈りの音」
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                                                燈明寺
2011/5/27 〜 5/29
三渓園日本の夏じたく展 燈明寺にて